現在のページ:TOPページ > 医療ジャーナリスト丸山寛之氏が綴る辛口コラム「それ、ウソです。」
「然るに此血液の分量は個人に依てちゃんと極まつて居る。性分によつて多少の増減はあるが、先ず大抵一人前に付五升五合の割合である。(夏目漱石『吾輩は猫である』 八)
「猫」の主人の苦沙弥先生宅の庭内に、隣の中学校からやたら野球のボールが飛び込んでくる。そのたびに生徒らが勝手に庭内に入っきてボールを拾っていく。うるさくてかなわない。怒りっぽい先生は逆上する。
逆上すると頭へ血が上る。「五升五合」が逆さに上ると、上ったところだけは盛んに活動するが、その他の局部は欠乏を感じて冷たくなる。
この逆上を癒すには、逆さに上ったやつを下へ降さなくてはならん。その方法はいろいろあるが、濡れ手拭いを頭にあてて炬燵(こたつ)にあたるのも一法であるーーといったふうに「逆上とりのけ術」のあれこれについて漱石流の諧謔まじりの蘊蓄(うんちく)が展開される。なかなか面白いのだが、ここで問題にしたいのはそのことではなく、「一人前五升五合」という血液の分量のほうだ。
1升は1.8箸世ら5升5合は、1.8×5.5=9.9箸砲覆觀彁擦任△襦いくらなんでもこれはあまりにも多過ぎる。
現代医学の定説は、健康な成人の血液の量は、男性で体重の8%、女性で7%とされている。
体重60舛涼棒だったら、60×0.8=4.8函
体重50舛僚性だったら、50×0.7=3.5函
女性はもとより男性も、5升5合=9.9箸糧省にも満たない。
『坊つちやん』の松山弁を真似ると、「多過ぎるぞなもし」ということになる。
いったい「五升五合」などという途方もない数値はどこから出てきたのだろう。「猫」は、明冶38年1月から翌39年8月にかけて雑誌『ホトトギス』に連載された。漱石がどのような医学書の記載を参照したのかはわからないが、当時はそれが通説だったのだろうか。
ともあれ、血液。全身30兆個とも60兆個ともいわれる細胞は、血液によって酸素と栄養素を受け取り、老廃物や二酸化炭素を運び出している。人体は血液によって養われ、生命を与えられているのだ。
心臓は、血液を全身に循環させるためのポンプの役目を担っている。
健康な成人の心臓は、1分間に約70回拍動する。小学生では約80回~90回、赤ん坊は120回程度である。
成人の場合、心拍数1回につき、約70性箸侶豈佞送り出される。70×70=4.9。約5函柄慣豈嬶漫砲1分間で体内を一巡している。
一般に健康成人はその全血量の3分の1を出血などで失うと、生命が危険に頻する。
ところで、男女とも18歳以上、体重50銑聴幣紊凌佑錬苅娃悪性噺シ譴鮃圓Δ海箸できる。
この「400性函廚箸いΩシ賣未蓮体重60銑弔涼棒では、体内の血液量の約8.3%。体重50銑弔僚性では、約11.4%になる。
医学的には、普通の人間は、体内の血液量の15%以内であれば、失われても身体上の問題はない。「採血基準」を満たす人は、400性噺シ譟覆泙燭論分献血)にご協力ください。