現在のページ:TOPページ > 医療ジャーナリスト丸山寛之氏が綴る辛口コラム「それ、ウソです。」
五十歳を過ぎると身体の各部に不具合が生じてきます。視力や聴力が衰える。歯も、歯医者に言わせると、五十年しかもたないようにできているといいます。(五木寛之「幸福な最期」を選ぶ力=『週刊文春』=2013年1月3日・10日新年特大号)
どこの「歯医者」さんだろう? その先生、半世紀遅れていると言わねばなるまい。歯はきちんとケアすれば一生もつことを、いまの歯医者さんならとっくにご存じのはずであるから─。
人が歯を失う原因のおよそ90%は虫歯と歯周病だ。虫歯と歯周病を防げば、ほとんどすべての歯はけっして死なない。
歯にくっついた食べ物のカスに細菌が繁殖したものを、
口の中は温度37℃、湿度100%、そのうえ朝昼晩(おまけに間食)食物が入ってくる、細菌が棲息するのに絶好の環境である。その多種類無数の細菌のなかのミュータンス連鎖球菌というヤツが、いわゆる虫歯菌だ。
こいつは砂糖が大好きで、歯垢の中の糖やでんぶんを分解して酸をつくりだし、歯の表面のエナメル質(人体で最も硬い組織)や象牙質を溶かしていく。虫歯の始まりである。
一方、歯周病は、歯垢の中の主としてバクテロイデス・ジンジバリスという細菌が、
つまり歯垢を歯や歯茎から取り除けば、虫歯にも歯周病にもならずにすむわけだ。それには一にも二にも歯みがき。げに、歯ブラシこそ歯の病気の妙薬なり、である。
─と、話はいやにカンタンに終るみたいだが、そうは問屋がおろしてくれない。
細菌の集団が、菌体の周りに粘り気をもつ
多くの人が毎日朝晩、歯みがきしているにもかかわらず、虫歯や歯周病になるのは、歯の隙間や裏側などに残った歯垢がバイオフィルムに変わり、歯みがきでは除去できないからだ。バイオフィルムは、
口の中のバイオフィルムを
それでもしぶとく生き残ったヤツや歯石の除去は、とても素人の手には負えない。3ヵ月に1度、歯医者さんに行き、きちんと処置してもらうのが唯一最良の方法で、そうすれば虫歯も歯周病も確実に防げる。
虫歯も歯周病も単に口の中だけの病気ではない。その影響は全身に波及し、さまざまな病気のもとになる。
口の中の細菌が血液中に入り込むと、血管の壁にくっついて炎症を起こし、動脈硬化を促進し、虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞)や脳卒中につながる。歯周病がある人は糖尿病になりやすく、糖尿病がある人は歯周病になりやすいこともわかっている。
ところで、6月の「歯と口の健康週間」を前に、サンスターが60歳以上の男女312人に、「人生の最後に食べたいものは?」と聞いた調査の第1位は「まぐろのにぎり寿司」だが、それは「現状の歯と歯茎」で選んだ場合で、「歯と歯茎が健康な状態に戻った」場合の第1位は「厚切りのステーキ」だった。
いつでもステーキが食える歯と財布を持ちたいと思う。