現在のページ:TOPページ > 医療ジャーナリスト丸山寛之氏が綴る辛口コラム「それ、ウソです。」
玉の海は、虫垂炎手術の麻酔が上手く行かなかったのか、手術直後に肺血栓で急逝した。(石堂淑朗「往時茫々老人多難日暮日記」=『ちくま』2007年4月号)
第51代横綱、玉の海正洋は、1971年10月5日、東京・港区の虎の門病院で虫垂炎─俗にいう盲腸の手術を受けた。虎の門は都内屈指の一流病院で、虫垂炎の手術は「アッペ(虫垂炎)、ヘモ(痔)、ヘルニア(脱腸)」といわれる外科の序の口だ。むろん、なにごともなく終わった。
ところが、退院前日の10月11日の朝、トイレからベッドに戻ったとたん、息苦しさと胸痛を訴えて倒れ、緊急の救命治療も及ばず、午前11時30分、死亡が確認された。だから「麻酔が上手く行かなかった」わけでも、「手術直後」でもなかった。27年の余りにも短い生涯だった。
死因は「心筋梗塞」と発表されたが、病理解剖により「肺塞栓症(肺血栓塞栓症ともいう)」とわかった。
肺塞栓症は、心臓から肺へ血液を送る血管(肺動脈)に血栓が詰まる病気だ。詰まる血栓は、心臓や肺でできるのではない。脚の静脈の中でできる。
安静時に脚の静脈にできた血栓が、立ち上がって歩いているとき、血管からはがれて血流に乗り、心臓へ飛び、肺動脈に流れ込む。大きな血栓だと、肺動脈に入ったとたん詰まってしまい、突然死(発症から24時間以内の死)を招く。玉の海のように─。小さな血栓でも、肺動脈は枝分かれしながらだんだん細くなっていくので、どこかで引っかかり、呼吸困難が生じる。
同じことは長時間、飛行機などの座席に座り続けたときにも起こる。「エコノミークラス症候群」がそれだが、この名称は実態にそぐわない。ロングフライト症候群とか、旅行者血栓症と言い換えるべきだという意見もある。ビジネスクラスや長距離バスの乗客などでも頻発しているからだ。
しかし、肺塞栓症が最も起こりやすいのは手術や出産のあとだ。予防策として、手術や出産前に脚の血行を促進する弾性ストッキングをはき、血液の凝固を防ぐ薬が投与される。手術の前に医師の説明を受けるときは肺塞栓症の対策も聞いておこう。
長時間旅行の機内、車内では水分(ただしアルコール以外!)の補給と、足の運動(脚の曲げ伸ばし、足首を動かす)をひんぱんに─。