現在のページ:TOPページ > 医療ジャーナリスト丸山寛之氏が綴る辛口コラム「それ、ウソです。」
「運動がある強度に達すると、急に乳酸がふえ始めます。それが最大酸素摂取量の50%を超えたあたりなのです。裏返せば、最大酸素摂取量の50%以下の運動であれば『疲労物質』といわれる乳酸が血液中に蓄積されず、楽に運動を続けられるわけです」(荒川規矩男・福岡大学医学部第二内科教授「高血圧の運動療法」=『壮快』1994年4月号)
運動などで激しく体を動かすと、血液中に乳酸がふえることは、100年も前からわかっていて、疲労の原因は、血中の乳酸濃度が高まるためであるとされてきた。
運動すると、なぜ、乳酸がふえるのか? 上掲の記事の前段で荒川教授は、
「乳酸というのは、エネルギーとして使う糖分が不完全燃焼してできる物質です」と説明している。
つまり乳酸は、糖質の燃えカス、老廃物なので、それが増加することが肉体疲労の原因となり、運動後に起こる筋肉痛も乳酸蓄積が原因である―というのが、一昔前までの学説だった。高校の保健体育の教科書にも載っていた。
乳酸=疲労物質説は現代人の常識だったから、いまでもそう信じている人が多い。そう言ったり、書いたりしているコメントに接することも、ままある。
だが、近年の運動生理・生化学的研究により、乳酸=疲労物質説は完全に否定された。
乳酸は老廃物どころか、体の有効なエネルギー源なのだという。
エネルギーは、細胞のミトコンドリアで糖や脂肪から合成される。このとき糖の分解によって乳酸ができる。
急激な運動をすると、糖の分解が活発化してさらに多くの乳酸ができる(乳酸の血中濃度が高まる)。
運動に用いる筋肉には、無酸素で瞬発力を生み出すが、持久力のない「速筋」と、瞬発力はないが、酸素を消費して持久力を生み出す「遅筋」がある。
乳酸をエネルギー源として利用するしくみをもつのは遅筋のほうで、乳酸の生成と酸素の供給のバランスがとれていれば、運動は楽に続けられる。ウォーキングなどの有酸素運動がそれだ。
だが酸素の供給が間に合わないと、乳酸が利用できず、持久力が失われる。血液中に乳酸がふえてくる。激しい筋肉運動が長続きしないのは、そのためだ。
一方、速筋は、糖質からエネルギーを取り出して乳酸を作りだすのに、酸素を必要としないしくみになっている。いつでもすぐ発動できる(瞬発力を作り出す)が、持久力はない。
「運動がある強度に達すると、急に乳酸がふえ始めます。それが最大酸素摂取量の50%を超えたあたりなのです」のは、事実だが、
「最大酸素摂取量の50%以下の運動であれば楽に運動を続けられる」のは、「疲労物質といわれる乳酸が血液中に蓄積されない」からではなく、血液中の乳酸の生成と消費がスムーズに行われているからなのである。話はまったく逆だったのだ。
「乳酸が疲労物質なら運動後もずっと残っているはず。でも実際は運動から1時間もすれば元のレベルに戻ってしまう。疲労物質ではない何よりの証拠。疲労はもっと複合的な要素で起こる」と、「乳酸代謝・運動と疲労」を研究テーマとする、八田秀雄・東京大大学院教授。
ちなみに「乳酸」という名称は、牛乳などの糖質を発酵させてチーズやヨーグルトを作るさいに生じ、「酸味」をもつ物質であることに由来する。
牛乳などから乳酸を作り出す発酵菌が乳酸菌で、乳酸菌はさまざまな食品の発酵に関わっているので、いろんな食品に乳酸が含まれている。
人の体のなかでできる乳酸は、乳酸菌とは関係なく、前記のように細胞でエネルギーが生成されるとき、糖質が分解されて生じる。
人の体内の乳酸菌は、ご存じのとおり腸内の善玉菌の最も代表的な一つで、免疫力を高めるなどさまざまに有用なはたらきをしてくれる。