現在のページ:TOPページ > 医療ジャーナリスト丸山寛之氏が綴る辛口コラム「それ、ウソです。」
「確か昨年お亡くなりになったとか」「そうなんです。肝臓癌でした。お酒をそんなに飲む人ではなかったんですけど、なぜかやられてしまったんです」(林真理子『マイストーリー』=朝日新聞2014年9月27日)
志半ばで倒れた夫について語る女性の言葉である。小説のなかの台詞とはいえ、この認識は古い。肝臓病が酒のせいにされたのは、ずいぶん昔の話である。
肝臓がんは、肝臓に初発する原発性肝臓がんと、ほかの臓器のがんが肝臓に移ってきた転移性肝臓がんに分けられる。原発性肝臓がんの原因は90%以上、肝炎ウイルスである。まだA型肝炎とB型肝炎のウイルスしか見つかってなく、未発見のウイルスを「非A・非B型」と呼んでいた1970年代初めからそのことはわかっていた。アルコール性脂肪肝炎(
肝炎の原因となる肝炎ウイルスは、A型からE型まで5種類ある。F型、G型、TT型の発見も報告されているが確定してない。A型とE型は、ウイルスに汚染された水や食物から経口感染する。発熱、全身
B型肝炎は、乳幼児期に感染するとキャリア(ウイルスの持続感染者)になる確率が高い。成人の感染の多くはA型などと同じ一過性で終わるが、まれに劇症肝炎を発症、命にかかわる。キャリアの母親からの感染を防ぐための赤ちゃんへのワクチン接種が1986年に始まり、キャリアになる子はいなくなった。2016年からはすべての0歳児へのB型肝炎ワクチンの定期接種が実施される。近い将来、B型肝炎ウイルスが原因の肝臓病は消滅するだろう。
残るはC型のみで、これが最も厄介だ。感染した人の70%が慢性肝炎になり、適切な治療を受けないと、10年から30年の間に肝硬変、肝臓がんへと進行する。原発性肝臓がんの原因の70%以上がC型、20%がB型である。
現在、C型肝炎ウイルスの感染者は約190万人〜230万人と推定され、その8割以上が40歳以上、高齢者ほど感染率が高いことがわかっている。そのうち約150万人は、自分が感染していることを知らず、治療の機会を逃していると考えられている。
高齢者ほど感染率が高いのは、献血時のウイルスのチェックが行われるようになったのが、B型は1972年、C型は92年からなので、それ以前の輸血による感染者が多いためである。92年以前に輸血や血液製剤の治療を受けた人は、ウイルス検査を受けて感染の有無を確かめるべきである。結果が陽性なら早期治療の機会が得られるし、陰性だったら肝臓がんの心配はまずしなくてもよい。
─というところで、話は戻る。
酒が肝臓病の主犯とされたのは、長きにわたる誤解であった。半面、適量を超える飲酒が肝障害を招きやすいのも、れっきとした事実である。最初は脂肪肝になり、それでも飲み続けていると肝炎になり、さらに飲み続けると肝硬変になり、ついには肝臓がんになる。肝臓は“沈黙の臓器”、よほどのことがない限り音を上げない。
「お酒を常習的に飲んでいる人は、症状がなくても定期的に検査を受けてください。酒でいためた肝臓は、酒をやめれば回復します」。肝臓病の専門医、栗原毅先生(慶応義塾大学教授、栗原クリニック東京日本橋院長)の言葉である。