現在のページ:TOPページ > 医療ジャーナリスト丸山寛之氏が綴る辛口コラム「それ、ウソです。」
脈が不規則になる不整脈には、多くの種類がある。─略─脈が遅くなる除脈、速くなる頻脈。(朝日新聞08年3月10日「体とこころの通信簿 心房細動」)
重箱の隅を楊枝でつつくみたいだが、「除脈」は正しくは「徐脈」だ。これを「ウソ」というのはちょっと言い過ぎで、印刷物につきものの単純な誤植だけど。
昔、編集者のはしくれだったころ、校正ミスをやらかすたびに、「朝日新聞や岩波文庫にだって誤植はある」などと小ずるい言い訳をしたものだ。それくらいマレなのが朝日の誤植なので、ネタにさせてもらった。
─というわけで、不整脈の話。
心臓の拍動が乱れる不整脈は、大きく三つに分けられる。脈が速く打つ「頻脈」、遅く打つ「徐脈」、脈が頻繁に飛ぶ「期外収縮」だ。不整脈イコール病気ではないので、ほとんどのものは放置してよいのだが、ときに治療の必要な不整脈があり、そのなかに非常に怖い不整脈が含まれている。
いちばん怖いのは「心室細動」と「心室静止」で、「致死的不整脈」と呼ばれる。前者は心室(心臓の下半分。血液を動脈に送り出す部分)がケイレンし、後者は心室が動かなくなる。どちらも心臓から動脈へ全く血液が送り出されなくなる。
心臓突然死の80〜90%は心室細動による。スカッシュの練習中に倒れて亡くなった高円宮憲仁親王も心室細動だった。親王の急逝後、心室細動に対する対応が問題視され、一般人によるAED(自動体外式除細動器)の使用が認められ、広く普及した。
次に怖いのは「重症不整脈」で、いくつかの種類があるが、最もよく知られているのは「心房細動」だ。長嶋茂雄さんの脳梗塞(心原性脳塞栓症)の原因が、心房細動だった。
心房(心臓の上半分。静脈から血液を受け入れる部分)がケイレンし、ぶるぶるふるえる。だが心房と心室をつなぐ房室結節のはたらきで心室は動いて、血液を送り出すので致死的不整脈にはならない。
心拍数が1分間50〜100回のときは自覚症状がないことが多いが、1分間140回以上になると、動悸や胸苦しさが起こる。発作がいつ起こるかわからないという不安感がつのり、一人では外出できないなど、QOL(生活の質)が低下する。
なによりも重大なのは、心房がケイレンして心房内に血液が停滞すると、血栓ができやすくなること。これが脳へ飛び、脳の血管が詰まるのが、長嶋さんのような心原性脳塞栓症だ。致死的な症例もあるし、後遺症の問題も生じる。
心房細動には「発作性」と「慢性」がある。発作性は数秒間で止まるもの、数時間から1日中続くもの、数日以上つづくものとさまざま。慢性は症状が固定して一生続く。
発作性の場合、発作を止める(または予防する)抗不整脈薬などが用いられる。薬で止まらないときは電気ショックをかけることもある。
慢性の場合は心拍数をコントロールする薬が使われる。近年、根治療法が進歩し、心臓にカテーテルを入れて高周波を流し、不整脈の発生源を焼き切るカテーテルアブレーション(心筋焼灼術)が広がっている。
心房細動は、精神的、肉体的ストレス、寝不足、酒、たばこ、カフェインの影響を受けやすい。だから予防・治療の基本は、なんといっても生活習慣の改善だ。