現在のページ:TOPページ > 医療ジャーナリスト丸山寛之氏が綴る辛口コラム「それ、ウソです。」
高知市長尾山町に住む市川信雄さん(61)は、経理監査や労務管理のエキスパート。経営コンサルタントとして高知市になくてはならないVIPだ。数年来、心臓疾患に悩まされ、昨年、足の冠動脈のバイパス手術を受けた。(共同通信社編集『ヘルシーメイツ』№9=1987年8月発行)
一読、思わず笑った。憫笑といってもいい。どうしてこんな無知な迷文が活字になったのだろう。推測だが、元の原稿は「足の血管を使って冠動脈のバイパス手術を受けた」だったのではないか。ところが、行数がハミ出すかしたためバカな編集者が「血管を使って」を削ったのではないだろうか。結果、市川信雄さんの心臓は「足」にあることになってしまい、20年も経ってからへっぽこライターの駄文のネタにされることとなったわけだ。あしからず!(^-^ )
心臓の血管(冠動脈)が狭くなったり、詰まったりする病気(狭心症、心筋梗塞)の治療は、まずカテーテル(細い管)を使って血管を広げる内科的な治療を行い、それでは十分な効果が得られない場合、病変部分にバイパス血管をつくる外科手術を行う。
バイパスに使う血管としては、肋骨の裏を走っている内胸動脈が最も適しているが、それに次いで胃の大網動脈や手の肘から先の橈骨動脈(とうこつどうみゃく)がよしとされる。だが1990年ごろまではもっぱら足の付け根の血管(大伏在静脈)を切り取って使っていた。胸や胃の動脈でつくるバイパス血管のほうがずっと丈夫で長持ちするのだが、足の静脈を使うほうが、短い時間で比較的容易に手術ができたからだ。それでも当時は命を賭けてやる手術だった。
今は手術法が格段に進歩し、平均死亡率は2%以下、何年にもわたって死亡率ゼロ記録を更新中の病院も多い。近年は胸部を小さく切開して行うMIDCAB(ミッドキャブ)とか、人工心肺装置を使わず行うOPCAB(オプキャブ)といった方法で、これまで手術不適応とされた重症患者や高齢者にもバイパス手術ができるようになった。
しかし、詰まった冠動脈が細く・硬くなり過ぎて、バイパス手術ができない症例もある。これに対しては、いま話題の万能細胞を用いて新しい血管をつくる再生医療の研究が進んでいる。
もしかしたら、「足の冠動脈」という記述がウソでなくなる時代がくるかもしれない。