現在のページ:TOPページ > 医療ジャーナリスト丸山寛之氏が綴る辛口コラム「それ、ウソです。」
脳を組み立てている神経細胞、すなわち脳細胞は、生まれたときに、数だけはちゃんとそろっており、大脳皮質には、エコノモとコスキナスの推算によると、百四十億の脳細胞があるという。生まれてからは、脳細胞の数はふえないし、また、こわれても決して再生しない。(時実利彦著『脳の話』=「岩波新書」1962年発行)
世界的に知られた大脳生理学者の名著にも記されてある、脳細胞の数と再生に関するこの医学的定説は、現代人の常識でもあった。「脳細胞は1日10万個ずつへっていく」といわれ、だれもがそう信じていた。
その常識がくつがえされたのは、1998年である。スウェーデンのエリクソンとアメリカのゲージは,解剖学的実証にもとづき、「海馬をはじめとして脳のいくつかの部位では、ニューロン(神経細胞)が新たに生まれ続けている」と発表した。
この驚くべき発見に触発されたその後の多くの研究によって、「海馬の神経細胞はへりやすい一方で、年をとってもふやせる」ことが明らかにされた。
海馬は、大脳辺縁系(大脳の深層に位置し本能・情動を支配する中枢)の一部で、左右に一つずつある。日常的な体験や学習で得た情報はまず海馬に入り、短期的に記憶・保管される。
海馬に保管された情報のなかで、思い出す、話す、書くなどの刺激(記憶の再生)を受けたものが、長期に記憶されるべき情報として半永久的に脳内に残る。
「記憶の司令塔」の海馬が働かなくなると、新しいことが覚えられなくなり、昔のことは覚えていても、新しいことはすぐさま忘れてしまう。
海馬の神経細胞は、脳細胞のなかでもとりわけ繊細で、こわれやすい。虚血、酸欠、衝撃、ストレスなどで脳がダメージを受けると、まず海馬の神経細胞から死んでいく。アルツハイマー病が海馬の萎縮(神経細胞の減少)から始まるのもよく知られている。
その海馬の神経細胞が再生するのなら、経験値が上がれば上がるほど(年をとればとるほど)、「脳力」は高まる可能性を秘めていることになる。そこが体の各部位とは違う脳のおもしろさである。体は老けても、脳は老けない─というわけだ。
脳のアンチエイジング(抗加齢)、どうすればよいか。簡単だ。頭を使えばよいのだ。使わない筋肉が萎縮する(「廃用性萎縮」という)ように脳も使わないと萎縮する。
本を読む。文章を書く。計算をする。物をよく見る。考える。人の話を聞く。自分も話す。歩く。料理を作る。よく噛んで食べるなどなど…すべて、脳を刺激し、脳細胞をふやすことにつながる。研究者の話を紹介しよう。
「海馬の刺激には軽い運動で充分。心拍数1分間90〜100ぐらいの速歩程度のジョギングを1日10分、2週間続ければ脳細胞がふえ、6週間で認知機能が向上します」と、征矢英昭・筑波大学大学院人間総合科学研究科教授。
小野塚實・神奈川歯科大学「
「2分間ガムを噛むと、とりわけ高齢者では海馬の活性化が増強、記憶力の向上が確かめられました。日常、しっかり、ゆっくり、意識して噛む習慣を身につけるだけで、神経細胞の数が増加、脳の神経活動が活発になります。咀嚼は脳のジョギングです」
だいじな補足=睡眠は、脳を休ませるだけでなく、記憶を整理し、定着させるアクティブなはたらきもしている。しっかり眠ろう。
余談=睡眠時間の長い子ほど海馬の体積が大きかったという研究もある。寝る子は脳も育つのだ。